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瀬古利彦の息子・昴の難病との闘病生活が壮絶だった…激しい副作用・うつ病にもなりかけていた…

元マラソン選手で陸上競技指導者として活動していた瀬古利彦さん。

瀬古利彦さんには4人息子がおり、その一人でもある昴さんは難病「ホジキンリンパ腫」を患っていたことでも知られています。

今回は瀬古利彦さんの息子・昴さんの難病との壮絶な闘病生活について調査していきたいと思います。

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昴の難病との闘病生活が壮絶だった…

誕生から闘病生活まで

昴さんは1986年に東京で生まれ、瀬古家の長男として生まれます。

大学に進学し、卒業後は会社に就職すると一般的な人生を歩んできましたが、2012年(当時26歳)にホジキンリンパ腫といった難病を患ってしまうことになります。

ホジキンリンパ腫とは?

悪性リンパ腫の一種で、20~30代の若者に発症するのが特徴。

悪性リンパ腫とは、白血球の中に存在し、体に入ってきた有害な

ものを排除する働きがある「リンパ球」という細胞ががん化して起きる

病気のことを差す。

引用:人事メディカル

昴さんは様々な化学療法・弟をドナーにした骨髄移植など過酷な治療に耐えてきましたが、悪性リンパ腫は身体から消えることはありませんでした。

副作用や合併症と向き合いながらも治療を続けますが、2021年4月13日に35歳の若さで亡くなられてしまいます。

苦しい病気と闘いながらも周りに明るく振る舞い、同じ難病で苦しんでいる人たちを励まし続けたそうです。

若くして亡くなられてしまったことは残念で仕方のないことですが、彼の生き方は人々に勇気を与えてくれるような素敵な生き方だったと言えます。

初期症状は激しい咳

昴さんがホジキンリンパ腫を発症して、初めに経験した症状は胸の痛みと激しい咳だったそうです。

悪性リンパ腫は、初期段階で首や脇の下などリンパ節の多い部分に、痛みの伴わないしこりができるのが特徴です。

症状が進行していくと、発熱・全身の倦怠感・体重減少・嘔吐・腫れなど様々な症状が出てきます。

昴さんが病気の症状に気づいたのは、症状が進行してきてからの状態だったようですね。

退院・入院の繰り返し生活

昴さんは、「完全寛解(病気が画像検査上見えなくなること)」を目指して、厳しい治療に挑んできましたが、中々上手くいかず退院・入院の生活を繰り返していたといいます。

寛解と思って仲間と食事したり、仕事をし始めようと思った矢先に、腫瘍が増殖して気持ちが凹んでしまうといった経験を何度もされてきたといいます。

希望の光が見えたと思ったら、またどん底に落とされるといった無限のループと日々闘っていました。

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激しい副作用・うつ病にもなりかけていた…

放射線治療の激しい副作用

2020年初めに、脳に腫瘍が転移した昴さんは過酷な放射線治療を受けることになります。

放射線治療は身体にメスを入れない治療なので、比較的患者の身体に負担をかけることの少ないというメリットがあります。

しかし、急性の副作用として皮膚の痒み・水ぶくれ、頭痛、脱毛、吐き気、食欲減退などがあります。

放射線治療とは?

エックス線や電子線、ガンマ線を用いて、体の外側や内側から

がん細胞の遺伝子にダメージを与えて死滅させる治療法のこと。

昴さんは、放射線治療を1カ月ほど行った結果、最初の6日間は吐き気、めまいで、ベッドから起き上がれなかったそうです。

治療でうつ病になりかけていた

昴さんは2020年夏の入院中、病気の寛解が見えない中で「正直、死んだ方がマシ」と考える程に追い込まれていたと話します。

当時はうつ病寸前だったと振り返り、過酷な闘病生活が想像できます。

肺にカビが生えてしまった昴さんは、せきとたんの症状に見舞われ、薬も全く効かなかったのだそう。

その後も、治療がスムーズに進み退院だと思ったら、11月末には症状が再発。

この時、2020年の治療8年目にして始めて「死にたい」と感じたといいます。

浮き沈みの激しい人生で、うつ状態にもなり兼ねない状況ですが、ここまで病気と闘い続けた昴さんは十分立派だと思わせてくれます。

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今回の記事のまとめ

今回は瀬古利彦さんの息子・昴さんの難病「ホジキンリンパ腫」との壮絶な闘病記について調査していきました。

  1. 入院・退院のオールスパイラル
  2. 治療での激しい副作用
  3. 治療生活の末に経験したうつ状態

など壮絶な病状と闘いながらも強く生きていた昴さん。

昴さんが2021年4月13日に闘病生活を終え、亡くなられたという事実には残念で仕方ありませんが、彼は誰よりも強く逞しい存在でした。

この度、瀬古昴さんが亡くなられたことを心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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