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清原和博の覚せい剤使用はいつからだった?現在の後遺症もヤバかった…

清原和博

西部ライオンズを始めとし、日本のプロ野球選手として活躍し続けた清原和博さん。

清原和博さんは2016年2月に、覚せい剤取締法違反で現行犯逮捕されたことという衝撃的なニュースが話題になりましたね。

応援しているファンの方々からすれば、ショックだったでしょう。

今回は清原和博さんが覚せい剤使用をしていたのはいつからだったのか、現在も抱えている恐ろしい後遺症についても調査していこうと思います。

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覚せい剤使用はいつからだった?

清原和博さんはいつから覚せい剤を使用していたのか?詳細は本人でないと分からないと思いますが、西武ライオンズ時代のOB(匿名)は次のように予想しています。

1996年オフに西武から巨人にFA移籍する直前だったと思う。

1995年に右肩を脱臼した影響で、この年も2年連続で打率が2割台半ばに低迷。

1996年は4年ぶりに本塁打が30本の大台を超えたものの、FA取得で報道陣から追っかけ回されたこともあり、ずっとイライラしていた。

引用:日刊ゲンダイ

清原さんが最初に覚せい剤に手を伸ばしてしまったのは1996年(当時29歳)

このことが事実ならば、逮捕されるまで(2016年2月)約20年間も使用していたということになります。

しかし、清原さんはずっと覚せい剤を使用していた訳ではなく、2014年3月の週刊文春の薬物使用疑惑のニュースが流れた時、一度は断とうと努力していたのではないかと言われています。

だが、報道の影響で清原さんの周りから人がどんどん離れていき、清原さんは情緒不安定な状態に。

その結果、再び覚せい剤に手を差しのべてしまったのではないかと考えられているようです。

「最初の文春の報道後、一度は薬物を断った。これは、間違いない。酒もやめ、夜にサウナスーツを着込んでランニングも始めた。しかし、報道の影響が大きく、親しかった球界の人間が、どんどん彼から離れていき、何人もの後輩が携帯電話の番号を変えたことにショックを受けていた。私の知る限り、今も清原容疑者と親しく付き合いのあった球界の人間はたった3人。一昨年の9月にはモデルの亜希夫人と離婚し、溺愛する2人の息子とも離れ離れになって、電話で突然、泣きじゃくるなど明らかに情緒不安定になった。ちょうどその頃です、数年前にケンカ別れした、薬物で逮捕歴のある人間と再びつるみ始めたのです。もともと清原容疑者は暴力団幹部との関係を自慢げに吹聴するタイプの人間。すぐに危ない連中との交遊が復活してしまった」(会社経営者)

引用:日刊ゲンダイ

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現在の後遺症もヤバかった…

清原和博さんは2021年5月15日に自身のYouTubeチャンネル「清ちゃんスポーツ」で現在も覚せい剤の後遺症で苦しんでいることを告白しました。

清原さんが抱える覚せい剤の後遺症

  • 緊張すると手の震えが止まらない 
  • 耳鳴りがずっと続く 
  • 眠れない(1日あたりの睡眠時間1~2時間程度) 
  • 5年間ずっとうつ病を患っている 
  • 朝起きてしばらくは動けない

ファンの方々の応援のコメントが清原さんにとって一番の良薬だと答えています。

逮捕されて覚せい剤の使用を止めて5年経った現在でも後遺症として残るため「恐ろしい怪物」と表現しています。

もし、覚せい剤を使用していた人が動画視聴者の中でいるのだとしたらまずは信頼できる人に相談する、相談された人はその人を決して責めることなく一緒に覚せい剤を断つことを応援してあげて欲しいと呼びかけています。

清原さんがもし一般人の立場で覚せい剤を使用していたら、今のように応援してくれる人がいないので、また覚せい剤に手を差し伸べたくなってしまう程辛いものだといいます。

覚せい剤を使用してしまった事実はとても残念なことですが、辛い後遺症とずっと闘っているだけでも実は凄いことなのです。

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今回の記事のまとめ

今回は元プロ野球選手の清原和博さんの覚せい剤使用時期はいつからだったのか?現在も残る後遺症について調査していきました。

  • 清原さんの始めての覚せい剤使用は、1996年(当時29歳)の頃、西武から巨人にFA移籍する直前だったと予測されている。(西武ライオンズのOBの証言)
  • 清原さんは覚せい剤を止めて5年経った現在も、「不眠」「手の震え」「耳鳴り」などの苦しい後遺症と闘い続けている。

清原さんは、現在もファンの方々の応援を糧に苦しい後遺症と闘い続けています。

苦しい状況でも前向きでいる清原さんはとても素敵だと思いますし、これからもまた元気な清原さんの姿が見られるよう応援していきたいですよね。

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